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| 神農と湯島聖堂神農刻像 神農は、古代中国の伝説上の帝王である三皇 (伏義・神農・女カ)の一人である。中国古典籍によると、初めて農具 (鋤・鍬) を作り農耕を人民に教えたという。また、人民が病気で苦しんでいるのをみて、百草を嘗めて医薬を作り、さらに、農作物などと他の物品を交換する市場を設け、交易を教えたという日本では、江戸時代から医薬の始祖として神農は東洋医学者の尊崇を集めてきたが、交易の神としての神農も商業に携わる人々の間で根強い人気を博し、商業神として現在も各地で祀られている。 ←さて、湯島聖堂神農像は、下記沿革にあるように、昭和五十九年の調査によって、三代将軍家光の発願により製作されたものとするのが有力と一なっている。当初、雑司ケ谷の東光院薬園寺に祀られたが、元禄十一年(一六九八) 聖堂敷地東北の地に位置して神農廟が設けられ、神農像もここに安置された。その後、寛政九年 (ー七九七) 神田の医学館(○寿館) に移り、さらに有為転変を経て昭和十八年 (一九四三)実に百五十年ぶりに再び聖堂に遷座した。この神慮像(木彫)は、ほぼ等身大で、古木の切り株の上に座して右足は曲げ、左足は下に垂れている。目は見開き、唇は僅かに開き草を嘗めているようである。また、右手は膝の上に置いて赤い鞭のようなものを持ち、左手は胸元で曲げて薬草のようなものを握っている。眼光桐々、身体には薬草の枝葉のような衣服が刻まれていて、太古の帝王、医薬の始祖に相応しい威風凛々とた趣である。 |
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