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薬事法改正で24条に「薬局の構造設備による医薬品の製造」は製造業とは別に規定することになったことは以前にお知らせしました。一般用医薬品承認合理化検討会でOTCの承認についての案を検討中ですので、その決定の後に着手されるものと思われます。そこで今回は薬局製剤漢方の変遷について書きます。(以前までの印刷物やホームページで昭和51年の47処方に漢方は0と書いてきましたが、9品目記載されていましたのでここで訂正させていただきます。)

1.内容審査の時代
薬律・売薬法では現在の製薬会社の製造承認と同じように、承認さえ取れれば自由な配合が出来た。

2.公定書を例示とした時代

昭和18年
薬律と売薬法が廃止され、薬事法に変わったため、局方収載品目以外の薬局製剤は作ることが出来なくなった。
その翌年の昭和19年には局方に収載されていない45品目(品目は調査中)の公定書が出されそれと局方収載品目を作ることができるようになった。
昭和22年
120品目に増加した。漢方は0だった。
昭和23年
 公定書が国民医薬品集となり、漢方処方が4品目収載された。
黄疸散(茵Y蒿湯)血圧下降剤2号(三黄散)鎮咳剤2号(小青竜湯)発汗解熱剤(葛根湯)。
この年に薬局製造所も一般の医薬品製造業と同じように「医薬品製造業」の許可が必要になった。薬局製剤は厚生大臣が指定した原料の範囲内で申請すればよかったので、公定書は処方の一例にすぎなかった。そこで公定書以外の処方であっても、公定書を変化させた医薬品の承認ができた。そのため薬局製造業者の製造承認品目は膨大な数になってしまった。

3.品目数制限の時代

昭和26年 
 膨大な薬局製剤に対して、行政は、局方・公定書外の製造承認を1薬局10品目以内とした。
昭和30年
 国民医薬品集の改訂があった。
漢方薬は、三黄散・小青竜湯・葛根湯・小半夏加茯苓湯の4処方が収載されていた。

4.協定処方の時代
昭和33年
 公定書外47処方が厚生省と薬剤師会で決定され、薬局製剤は、局方と国民医薬品集とこの47処方となった。この時点では漢方薬は国民医薬品集の4品目 と47処方の9処方の合計13処方となった。
昭和39年 
 薬局製剤製剤業の許可と品目の承認が自治体に移行品目承認に係る医薬品の有効成分の指定
昭和41年
 第7局方が発布されその2部に 国民医薬品集がそのまま移行した。局方に漢方処方が4つ収載されたわけである。
昭和45年
 一般用医薬品製造承認基準(現在までに14薬効群)
昭和48年
日薬に漢方特別委員会
昭和47−49年 
 一般用漢方製剤製造承認内規210処方が出された。「一般用漢方処方の手引き(じほう)」にまとめられている。
昭和51年     
 公定書外に漢方処方28が入り37処方となった。局方の4品目とで合計41となった。
漢方エキス大挙
保険薬価収載(47年に6品目)
昭和52年
 公定書外の漢方処方が13入って50となった。局方の4とで合計品目54処方となった

5.公定書でも承認必要の時代

昭和55年

 スモン判決後の薬事法改定で、局方品目でも製造承認が必要になった。
局方医薬品承認申請の手引き日本公定書協会
局方から漢方処方が収載されなくなった。その時点で漢方処方は全部局方外・
公定書外となった。漢方処方は185品目となった。  
日本薬局方外生薬規格59品目収載
昭和60・61年 
 ○漢通知(医療用漢方エキス製剤の取扱いについて)
平成4年
 201品目、
平成8年
 212品目となった。 
1処方で2品目となっているものがあるので処方数では192処方となっている。

 


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薬局製剤・漢方の変遷


                    日本漢方協会 副会長  三上正利