類聚方広義」は尾台榕堂先生(1799-1870)によって書かれたものです。
尾台榕堂は、吉益東洞の系統を受け継いでおり、吉益東洞の表した「類聚方」や「薬徴」を増補・解説した「類聚方広義」や「重校薬徴」を書いています。
1.吉益東洞の「類聚方」
漢方の聖典である、「傷寒論」と「金匱要略」に記載されている薬方の内、東洞自身がの汎用した薬方約200と経験していないが重要だとする18方を選び出してまとめた書物です。傷寒論・金匱要略の条文を、薬方別に集め、さらに似た薬方をグループとして配列しています。
傷寒論・金匱要略の条文の後に「案為則」として吉益東洞の意見を書いています。
2.「方極」
「類聚方」と、やはり同じ吉益東洞先生の口訣書です。各薬方の使用目標のエッセンスを書き出したものです。
3.「方機」
やはり吉益東洞の口訣書で、体裁は「類聚方」と同じですが、傷寒論・金匱要略の条文だけでなく、吉益東洞の解釈や実際の用法について記しています。
4.尾台榕堂の「類聚方広義」1856年 安政4年
吉益東洞の「類聚方」を中心として、各薬方の先頭に「方極」を記載してあります。頭注として「方機」の内容や、尾台榕堂の条文解説・意見・治験例・加減法・応用例・併用薬が書かれています。
桂枝湯を例として
傷寒論・金匱要略の桂枝湯の条文を一箇所に集めた。目次では「桂枝湯」「桂枝加桂湯」「桂枝加芍薬湯」「桂枝去芍薬湯」・・と似た薬方の順にしている。